もう一度、世界を目指したい。理想の“美味しさ”に妥協しないバリスタ白石 知輝さんの挑戦───World Brewers Cup 2023出場で見えた景色
───ジャパンブリュワーズカップ2023優勝を果たし、2023年6月アテネで開催されたWorld Brewers Cup 2023に出場した白石さん。そもそも大会に出場しようと思ったきっかけを教えてください。
僕の人生において「30歳までに何かで日本一になりたい」と目標を立てていたんです。”何か”ってなんだろうと思ったときに、やっぱり好きなコーヒーで挑みたいと思って。最初はラテアートの世界に飛び込みました。大会にも出場し、4位にまで登り詰めたのですが優勝には一歩手が届かず......自分の限界を感じました。
そこからもう一度、自分自身を振り返ってみたんです。コーヒーの中でも一番好きなものってなんだろう?と考えたとき、ふと浮かんだのが「毎日飲んでいるハンドドリップコーヒー」でした。日本は喫茶店文化も盛んですし、ハンドドリップであれば家でも楽しめる。一人でも多くの人にコーヒーの美味しさを知ってもらいたいという気持ちもあったので、誰でも気軽に楽しめるハンドドリップを極めていこうと、ジャパンブリュワーズカップに出場することに決めました。
───なるほど。そういった経緯があったのですね。
大会が開催される知らせを受けたときは、「はい!出ます!」と半ば勢いで手を挙げました。尊敬するバリスタの方にコーチをお願いして、そこからは地獄のようなトレーニングが始まりました(笑)。自分でやり切ったと思えるところまで妥協せずに努力できましたし、結果もついてきた。いい経験をさせてもらいましたね。
───見事優勝を果たし、人生の目標を有言実行されたのですね
白石さん:ありがとうございます。何より大きかったのは、大会を通じてコーヒーへの向き合い方や考え方が明確になったことです。
───ぜひ詳しく伺いたいです。
「大会で出すコーヒー」と「一般の方が飲むコーヒー」に差があることに違和感を感じたんです。高価なコーヒーだから勝てた。となると身近に楽しめなくなるというか。一杯5000円のコーヒーは毎日飲めないですし、手が届かないものにはしたくない。もっともっと一般の人に美味しさを知ってほしいと思ったとき「毎朝飲むコーヒーで勝てる」ようになっていきたいなと。そっちの方が面白いと思ったんですよね。
アテネで開催されたWorld Brewers Cup 2023でも、面白い出場者がいて。「大会用に豆を用意したんじゃなく、今日お店にあった一番いい豆を持ってきました」ってプレゼンしていたんです。それを聞いたとき「ああ、かっこいいな」と、しっくりきました。
───日本大会・世界大会を通じて、どんどん白石さんが目指すコーヒーの姿が明確になっていったのですね。
白石さん:さらに言うと、最近一番考えているのは「いかに楽に美味しいコーヒーを淹れられるか」ということ。楽であればあるほど、再現性が高くなるんですよ。毎回同じコーヒーが出せる。毎回美味しいコーヒーが飲める。World Brewers Cup 2023の優勝者も、ほとんど抽出の工夫はせずシンプルでした。世界トップレベルの競技者を見て、刺激を受けましたね。
───2023年6月アテネで開催されたWorld Brewers Cup 2023に出場するにあたって、どのような準備をされたのでしょうか。
淹れるコーヒーにパッションを込めたい。そう思ったとき、プレゼンテーションに力を入れました。どうしたらジャッジに自分が伝えたいことが伝わるのか。内容はもちろん、しゃべり方まで何度も練習しました。英語が堪能ではないため、最終的には丸暗記です!ネイティブの人にしゃべってもらった録音テープを毎日流していました。車で運転しているときも、お風呂に入っているときも、トイレでも。とにかく少しでも時間があればプレゼンの練習に当てていましたね。英語で夢を見るくらいでした(笑)。
───本当に、地道な努力を積み重ねていたのですね。
抽出のレシピも直前に現地で変えたり、最後まで試行錯誤していました。それこそホテルにこもってコーチにも夜中の12時まで付き合ってもらって。
コーヒーの味わいは「そのとき美味しいと感じられるか」が重要です。なのでジャッジに渡すメニューシートも、当日書きました。確信を持って美味しい!と言えるものじゃないと勝てないので、もし直前により美味しいコーヒーが見つかれば差し替える可能性は全然あります。絶対に妥協できない怖さと闘いながら、感覚を研ぎ澄ませて細部までこだわりましたね。
───血の滲むような努力や魂を込めた準備を、妥協せずにやり切ったのですね。
でも結果はセミファイナルにも進むことが叶わず、悔しさが残りました。100%、120%やれたか?と言われたら、もっとできることはあったんじゃないか......と。
今回僕が淹れたのは、繊細なコーヒーだったんですよ。ものすごくクリーンで後味もすっと消えるような、もう本当に飲みやすいコーヒー。でもそこが今回のジャッジからすると、ちょっとインパクトが弱いと捉えられてしまったのかなと。クリーンな繊細さは残しつつ、それをもっと強く押し出せるようなレシピにできたんじゃないか。帰国後も、大会を反芻してずっと考えていますね。
───挑戦する過程、結果も含め、世界大会をご自身で体験されたからこそ得られたものもたくさんあったのではないかと思います。
今回の大会で「伝える」奥深さは実感しましたね。海外の競技者は自信を持って堂々と、自分が淹れるコーヒーを語るんです。もちろん僕も自信はありましたが、ジャッジに緊張が伝わってしまって。
世界各国の競技者を見ると、みんな楽しそうなんですよ。バックヤードでもお互いに豆を交換したり。コーヒーの考え方やこだわりを意見交換したり。競技者である前に「純粋にコーヒーが好きな人たち」であることが、ひしひしと伝わってきました。
コーヒーを楽しむ。そして世界トップレベルのバリスタと競える舞台を楽しむ。
そうした気持ちも、上に登っていくには必要なマインドなのかもしれないなと世界を見て実感しました。
───楽しむ姿勢は、印象的ですし何よりもまっすぐにコーヒーに向き合っていますよね。
そうなんです。ピリピリした雰囲気はまったくなくて。コーヒーの祝祭というか、本当にお祭りのようでした。他の競技者のコーヒーを飲み合ったり、レシピを質問し合ったり。一緒に美味しいコーヒーを探究していく仲間みたいな。いまだにDMで連絡が来たりもして。いい繋がりが持てたなと思いますね。
───世界の舞台を肌で感じた白石さんが見据える、今後の展望についても教えてください。
白石さん:率直に「もう一度、World Brewers Cupに出たい」という気持ちでいます。
ジャパンブリュワーズカップで優勝をして、やり切った!と思っていたのですが、やっぱり世界を目の当たりにして「もう一度、挑戦したい」と闘志が呼び起こされました。
あとは自分の経験を次の世代に還元する仕事や取り組みも積極的に行っていきたいです。世界を見てきたからこそ、日本を背負っていく若い競技者を育てていく意義を心底実感しました。これから競技者になりたい、と思っている人の力になれたら嬉しいですね。